アルジャーノンに花束を
超名作が連続TVドラマ化された。 連続TVドラマ化は世界で初らしい。 TV化権を得てのことだから、満を持しての制作かと思いきや...だめだこりゃ。 ユウスケを使ったところからして、ダメダメ。 実際に見たら、やっぱり初回にして終わっるって感じ、あ〜あ。 この作品をあ〜や〜ふうにしてしまうとは、腹立たしくも苛立たしくも悔しい。
原作の邦訳は、10年近く前に知人に貸たまま戻らぬ本となってしまった。 買いなおしたいのだが、TVドラマが始まってしまったので、買いにくい。 原書のPBにまで、TVドラマ化の帯がかかってるし。 恥ずかしいったらありゃしない。 ...っていう性格は、いささか面倒ではある。
HR
三谷幸喜の新TVドラマ。 シチュエーション・コメディという、日本では流行りにくい分野だ。 英米では良く使われる形態でなのだが、何故だろう? ま、それはいいとして、第1回を見た。 いいわぁ、これ、初回を見る限り、かなりできがいいと思う。 香取君が結構はまってるし、脇を固める俳優陣もよく選ばれている。 今期のドラマで期待できるのはこれだけかも。
北朝鮮被拉致者の帰国
怪しい事実が色々でてくるが、それは置いといて。 日本側の家族の気持ちはよく分かる。 しかし、彼等が考えるようには拉致された当人達は考えていないかもしれない。 拉致された人々にとって、北朝鮮は長年生活(或いは育って)来た国である。 意識の違いというものは、とてつもなく大きくなっているだろう。 家族がいて当面生活が安定していれば、取り敢えず個人レベルでは幸せな生活だ。 まともに生活していける保証もなじみも無い日本に、果して帰国したいだろうか? それは「拉致」という犯罪が産み出した状況ではある。 さらに場合によっては「洗脳」も加わっているかも知れない。 だが、そうでったとしても、それらを無にはできない時間というものがある。 哀しいことだが、それが現実なのだ。
「迷妄」に生きている人間、「リアル」を知ってしまった人間。 悟った人間といえども、他の人間を強制的に「リアル」に直面させることはできない。 「リアル」求めないこと自体が迷妄であっても、求めるまでは強制できない。 これもまた、現実だったりする。
時計仕掛けのオレンジ
アントニー・バージェスの傑作と言われる作品だ。 キューブリックの映画を見ただけで、原作は読んでいない。 先日、ふと、この作品の解題を読んでいてビックリ。 英国版(原作)と米国版でラストが全然違うのだそうな。 映画は米国版を原案にしているのだそうな。 米国の場合、映画の世界では、バッドエンドは好まれない。 バッドエンドが本来の作品でも、同時に米国向けのハッピーエンド版を作るという。 この場合のハッピーエンドは、「正義が勝つ」の意味。 主人公がハッピーになるという意味とは限らない。 よくある例は、主人公が犯罪者のケース。 原案では主人公が逃げおおせる作品でも、米国版では逃げられない。 改心したり、捕まったり、射殺されたり。 だから、時計仕掛けのオレンジの映画版は米国向けではないと思った。 ところが、逆だというのだ。 原作では、主人公のアレックスはオトナに成長していく。 だが、米国版では、所詮悪は悪に回帰する結果で終わる。 出版社の依頼で、そのように書き換えたのだそうな。 む〜ん、何か当時の時勢というものもあるのだろうか???
ちぃとも「コンダロイドへの道」になっていない日記なのは見逃して下され m(_ _)m
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